次元大介@医者修行中。

我、医学部再受験成功ス。知力よりも体力。

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怖くて見ることができない。

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 怖くて合格発表を見ることができない。やっと医学の勉強をスタートすることができるのか、もしくはまた一年間勉強か。心臓がバクバクいって、とてもじゃないけど見られない。かといって他人に見てもらうのも嫌だし。合格者には書類一式が郵送されるからそれを待つことにした。信じている。大丈夫。
 待つことに決めてもやはりそわそわして。家にいても気がかりでしょうがないので結局いつものようにすかいらーくへ行くことにした。勉強道具を持たないですかいらーくに行ったのは初めてじゃないかな。アイスを食べながらメモ帳に予想点を書いてみて、少し安心して、また不安になって。
 センター試験の採点の時もこれくらい心臓がドキドキした。初めから採点していってどんどん減点されてくと嫌だったので、エクセルを使って採点させた(笑)。心配ない順番で倫理、物理、化学、数学、国語の順に。
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 窓の外には綺麗な月が上がっていたけど、それを愛でる余裕もない。ちびちびとアイスコーヒーを飲みながら自問自答してた。
 不合格だったらどうする?また明日からいつものように勉強再開するだけだよ。
 合格だったらどうする?また勉強の日々が始まるだけだよ。
 不合格だったらどうする?センターでまた高得点とれるとは限らないぞ。計四回受けているけど9割取れているから大丈夫だよ。
 不合格だったらどうする?30歳までに受からなかったら諦める計画じゃなかったのか。寝込んでしまった一年分延長させれくれ。

 また一年、新しい土地にも行けず同じ場所で足踏みするのか。
 羽ばたけるのか。

 しばらく自問自答してたらどっちでも一緒のような気になってきた。受かっても落ちても僕は僕で一緒なんだ。毎日淡々と勉強をするだけで同じなのだ。
 そういう結論に至り、なんとなく落ち着いたので自宅に帰った。真剣に考え込んでいたので夕飯を食べてくるのを忘れた。

 そして今、次に受験する人のために文章を書いていた。テンプレートみたいな物が用意されていて、その中に経歴を書く欄があった。今まで書き貯めてきた日記を読み返しつつ書いてたら、思わずしみじみとしてしまった。二十代後半から本当に色々あったと思う。今後何が起こっても、もう大丈夫な気がする。そう、もう大丈夫。


今までの流れ
現役時 センター815/900。
2005.9 脱サラして駿台M田校。自学自習の方がスピードが速いことに気づき、1/3しか行かなかった。ライバルがいないと寂しいので横浜に行けば良かったと後悔。M田校で後期二位ということで記念品をもらった。
2006.1 センター853/950。
2006.3 横市×、北里補欠、聖マリ補欠
2006.4 知り合いの人の学習塾で自学自習開始。テストはいつもA判定。
2006.10 持病の陽性症状が出始めた。対応が遅れたため一年の努力が水の泡に。
2007.3 全滅。その後、陰性症状が出て約1年間寝込む。先生と一緒に、自分に合う処方箋を見つけ出した一年だった。
(以前も寝込んでた時期があったため、必ず治ると信じていた。)
2008.2 ようやく勉強に復帰。まずは数学をひたすら解きまくる。全て忘れてしまったことを認めるのが怖くて他の教科には手をつけられなかった。
2008.4 物理、化学、英語の順に勉強再開。0からのスタート。
2008.5 天候の関係でまた陰性症状がでて一ヶ月寝込み、勉強場所のファミレスに行けなくなる。仕方ないので寝そべりながら勉強をする。
2008.7 復活。ばりばりやり出す。色々な情報を集めて志望大学を決め、戦略を練る。
2008.10 センター対策スタート。第二回駿台全国模試を受け、偏差値: 66.3を出して自分でもびっくりする。今年一年はリハビリのつもりで合格など考えてなかったのが急に現実味を帯びて焦り出す。
2009.1 900/950を目標にがんばってたが、数学と英語でミスをして結局875/950。悔しかった。
2009.2 手堅くガッチリ点を取ってきたが果たして・・・?
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